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彩とヒーリングとの出会いや、それにまつわる心の変化。
「なんで歌うの?」…何年も自分の中で自然と続いてきた事。
どれだけ悩んでも「辞めよう」なんて思わない。絶対揺るぎない私の気持ちのひとつが「歌って生きたい」だった。いつからこんな気持ちになっているんだろう?何が、そうさせてくれているんだろう。自分の思い。そうなんだけど、だからこそすごくすごく大変な道のりだった。今、一番自由に歌えているんです。私、今の歌が一番好きなんです。 これまでに起きた、少し不思議なお話達を自分なりにまとめてみたいなって思います。かなりとっぴょうしもない事を書いてしまいます。妄想や幻想だと思われたらそれでもいいのです。だって今、私たちが生きている事自体が、奇跡のような事なのですから。そしてもしかしたら、「今」も、魂の持つ「想い」の中の出来事かもしれないのですから。
そんな日が来るなんて思っていませんでしたし、前世という存在も興味もなかったのです。でも、必然だったのでしょう。私にはそういう機会がありました。自分で選んだ選択にせよ、これは知るべきタイミングに知るべき事を与えて頂いた。そして自らも選んでいたんだと今は思います。
私は2度、前世療法を体験しました。私の前に現れてくれた2人の前世は、私にたくさん話をしてくれました。それは、本当に「今」に必要なメッセージや気付きに溢れた、自分への素晴らしいプレゼントでした。過去を抱きしめて、愛して、そして敬って、今を生きています。私の前世、、、。それは「歌」に大きく関わる出来事を持った2人でした。私が歌う意味についても、改めて気付かせてくれた大切な存在なのです。 どんな前世さんだったか、、、?機会があったらまたお話させて下さいね。
音楽学校を卒業して1年目。私は音楽で仕事をしていました。ヤマハのヴォーカル講師のお仕事、結婚式や披露宴での歌うお仕事。はじめての出来事は刺激的で、何より好きな事でお金を頂けている現実は、私にとってどんどん自信となっていきました。活動は忙しく、お休みもない日々。きっと何処かで優越感を感じていたんだと思います。特別何かと比べた訳じゃないけど、少し人と違う、特別な事をしているような。今思うと恥ずかしいですけど。。
そんな生活の中、何度か疲れにより声が出にくくなりました。病院に通いつつ、なんとか仕事は続けていたんですが、薬を飲みながらの喉の酷使は、更に精神的にも声帯にも負担をかけたのでしょう。そのうち、声は全く出なくなってしまいました。なにより、気持ちがついていけなくて、現実を受け入れきれなくて、しばらくは仕事を続けてしまいました。点滴を打って、かろうじて出る声でお仕事、お仕事。その時の私は、きっと休むのが怖かったんだと思います。休みだしたら、そこから元の生活に戻れなくなるような 気がしていたんでしょう。それでも限界は来て、ドクターストップ。1年間、歌を辞めなくてはいけなくなりました。
歌えない生活の中で、どうやって自分を表現しよう。。
無意識に私は家にあるパソコンの電源を初めて入れて、何もわからないままに「ホームページを作ろう!」と思い立ちました。自分のペースで表現できる手段を見つけたのです。同時に、インターネットで喉について調べていく内に、喉は感情を表す「チャクラ」である事や、精神的な事がすごく作用しやすい場所である事を知りました。ヒーリングという分野に興味を持ち出したのはこの時です。 そして、何気なく見ていたあるサイトに私は興味を持ちました。それが「レイキ・ヒーリング」との出会いです。少し怪しそうだけど、不思議そう、、、何だろう?最初はそんな感じの気持ちでした。レイキは、一番分かりやすく言うと気功に近い物です。気功は、エネルギーを自分の中で練り直し、形を変えて調節するそうですが、レイキは宇宙のエネルギーをそのまま仲介して届けるものです。だれもが感じる、お母さんの手の温かさや、温もり。その根源の部分のエネルギーだと私は思います。偶然のそのサイトとの出会いから、私の先生となる方に巡り会い、今はレイキの勉強と経験を積んでいます。 この出会いから、何より精神的に変わりました。自分を責めて、自分を卑下していた事に気づき、「歌えない私は私じゃない」って、嘆いていた事を知りました。私は私で、どんな状況でも私。自ら自分を愛する事をレイキを通して経験しています。そして、レイキは、自分と心を繋ぐ世界の入り口を開けてくれました。
ある日、自分にとって最悪な夢で、目が覚めた。
目が覚めて、夢と分かっても悲しくてそのまま涙を流させていた。心が「私、傷ついた、悲しい」としっかり感じるまで、とりあえず泣いた。感じ終えれば、そこから慰めたり自分と話す事もできるから。夢の中で私は、愛する人に自分を卑下された。家族に。そう、母と弟にだ。あざ笑いながら馬鹿にされた。私は、剥き出しの心にガラスで刺されたような痛みと、どうしようもない悲しみに居た。 少し落ち着いて、悲しみを感じていた。この夢の意味はなんなんだろう・・・考える前から本当は分かっている。私は何処かで愛の形を欲していたんだと。多分、私はママにすごく執着がある。年の7つ離れた弟と8つ離れた妹が小学校低学年の頃にできて、何処か「取られた」という気持ちがあったのかもしれない。お姉さんでしょ?と言われるのが嫌で、汲み取りながら行動していたのかもしれない。その反動か、自分に愛する人ができた時、今思えばママに見せ付けるような行動を取っていた事もある。分かりついた嘘を付いてしまったり、わざと困らせるような事を言ったり。もちろんその時はその愛を守る為と思っての事だった。でもどこかママ以外に自分を愛し守ってくれる存在への乗り換え的な事をしていたのかもしれない。今思うとだけど。 夢から目覚めて思ったこと。「認めて欲しい」と私は思っていた。ママは、私の事を応援してくれているし、愛してくれている。今はそれがすごく分かる。1年間初めて親元を離れて、横須賀で過ごしてからだ。離れて初めて、外に出て初めて、親の愛の深さが見えた。無償で、暖かくて、ただただ愛してくれている。それを感じれる様になってから、ママとの仲はすごく良くなった。認めてくれているのも、本当は分かっているんだよ。だけど、小学校の頃の私が、今もこの胸の中に住んでいて、たまに顔を出しているんだろう。自分の存在が、愛であるのかと不安になって、必死でママのご機嫌を取っていたような小学生。不安で、ドキドキしながら話し掛けていたんだろう。大丈夫だったのに。あなたは既に、最大限の愛を受け続けているのに。分からなかったね。子供だったもんね。大人になった私は、今夜それをあなたに教えるよ。「あなた愛されて育ったよ。いつも愛されているよ。」もう不安にならなくていい。もう愛の形を求めなくていい。そしてもう、自分の愛を何かの代わりになんてしないで。「あなたは、既に愛で出来ている。」
たくさんの経験で感じた事は数えきれません。自分への癒しは、私の音楽の方向性を大きく変えました。私の場合は、今だんだんと「子供」に戻っています。いろんな知識を蓄えて大人になったけど、そこからまた子供の心を見いだしています。それが、私の「自然」なんだと気付きました。
そして、自分が解放されて行くような感覚の中で、私はお月様とすごく近づいた気がしています。ずっと好きだった月は、私の事をずっと守っていてくれた存在。お月様は、時々私にメッセージをくれるようになりました。人間は、空と大地に抱かれています。今ココにいる事は、すごい奇跡であり、同時に必然です。「今」を感じて生きていこう。地に足をつけて歩いて行こう。たくさんの出会いも別れも経験も、全ては自分へのお届けものなんだと思います。 私の好きな映画。となりのトトロより「歩こう 歩こう 私は元気 歩くの大好き どんどん行こう」
歌を唄っていたい。漠然とただ自然とそう思っています。空気を通してみなさんと感じ合う温度も、場の雰囲気が一声で変わる瞬間も、私には愛しくて愛しくて大切なものです。人にそれぞれ使命があるのなならば、私にとってそれは何なのでしょうか?それは、死んで行く時に分かるのかもしれません。肉体を離れる時、はじめて「ああ、私はこれをする為に、この体を頂いたんだ。そして、役目を終えてまた新しい場所へ行くんだ。」と感じれる気がしています。
今、私はその使命を「きっかけ作り」だと感じています。いろんな音楽を聴いて頂く事、歌詞からのメッセージをそれぞれの解釈で感じて頂く事、溢れる温度を肌で触れ合う事で、みなさんの行動や思いの「きっかけ」になれたらと。ライブの次の日、少し元気に会社に行って頂ける事も、悩み事を少しおおらかに捉えれるようになる事も、きっかけ。みなさんの日常の中へ、時にアロマテラピー、時にスパイスとして、いろんなきっかけになれたら。それが私の今感じている使命です。 |
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